九谷焼「情報発信」という営業スタイルで「暮らしの美術品」を提供する九谷焼商社を取材

読みもの

時も海も越えて 世界で愛されるやきもの ”九谷/KUTANI”

石川県の南部(加賀市、小松市、能美市、金沢市など)で生産される九谷焼。言わずと知れた日本が誇る伝統工芸品の1つで、国内外問わず高い人気を誇るやきものです。

そのエリアの一つ、能美市にある九谷焼団地協同組合運営の「九谷陶芸村」は、店舗、能美市九谷焼美術館五彩館、浅蔵五十吉記念館、九谷焼体験館など、九谷焼の情報が集まっているエリアです。

その団地の中に店舗を構える、株式会社北野陶寿堂。
九谷焼の総合商社として、昭和47年より3代に渡って「暮らしの美術品」を提供し続けてきました。

昭和には担ぎ売り、令和には情報発信へと営業手法を変化させ、業績を伸ばしてきた成功の鍵の一つは、継続と変化の2つの力です。試行錯誤を繰り返した末にたどり着いた情報発信という営業活動、商品開発、販売を手がける三代目代表取締役 北野広記氏にお話をお伺いしました。

祖父から父、父から子へ

北野家はもともと大きな陶磁器商社を九谷で経営している一族でしたが、祖父が独立を果たし、創業したのが「北野陶寿堂」です。
「陶寿堂」は、めでたい屋号にしたいという祖父の想いでつけられたといいます。

創業2年後には先代である北野氏の父が家業を手伝う事となり、本格的な事業がスタートします。
営業好きだった先代は、「担ぎ売り」でサンプルと見本帳を持って、全国の小売店に販売に回りながら営業を行い、販路を少しずつ獲得、広げていきます。

その甲斐あって、大手量販店の販路を開拓したことでお得意様を獲得。
販売は爆発的に伸び、花瓶を中心とした製造販売で、「花瓶の北野」とも呼ばれ、少しずつ知名度も高まっていきました。

社員を増やし順調に伸びていく中で1990年代半ばに起こったバブル崩壊。
時代は不景気へと突入し、売上や従業員はピーク時の3分の1となります。

家業を継ぐつもりのなかった北野氏は、興味があった広告業界に就職し、ネット広告の営業を担当します。
その営業周りをする中で、家業が九谷焼を扱う商売であることを知ると、多くの取引先の社長から、伝統工芸の良さや魅力などが次々と飛び出し、九谷焼の人気や認知度を知ることになります。
広告会社で経験を積み数年、裁量を持って仕事ができるまでに成長していくにつれ、家業への興味はより大きくなったといいます。

工芸品への興味よりも、自分で裁量を持って事業を行えるという点に魅力を感じ、帰郷を決断。家業を手伝うことになりました。
戻った頃は、リーマンショック直後だったこともあり、業界自体がどん底の状態で、それは2019年頃のコロナショックよりもダメージは大きかったといいます。

ポジティブな空気感が一切なく、挨拶をした同業者や取引先も数カ月後には閉業をしていくような状況でした。
しかし、他業界で勤めていた北野氏にとって幸いしたことが、陶磁器業界のいい時期を全く知らなかったことでした。

全盛期を知らないから、何でもできる。
一から事業を興すという気持ちで、会社を立て直す決意をしたといいます。

「担ぎ売り」から「情報発信」 時代に即した営業スタイル

戻ってきた当初は、自信のあった営業でともかく足を使って売り込みをかけていきます。
九谷焼の営業をやり始めていくと、職人や作家の技術の素晴らしさなどを実感、工芸品としての魅力にどんどんはまっていきます。

翌年には自社オンラインショッピングサイトを起ち上げ、小売販売を強化すると同時に、バーチャルを活用した販路開拓も積極的に仕掛けていきます。平成では、営業の手法は展示会など見本市に出展する、いわゆる「展示の売り込み」が中心だったため、積極的に県外の展示会場で販促を行いました。

そして令和の現在。オンラインサイトやSNSなどを中心とした情報発信による営業活動へと切り替えます。売り込みをしない、情報発信のみの営業スタイルは、業界では非常に珍しかっただけに、手本になるところもなく、手探り状態で進んでいったといいます。

自由で許容度の高い九谷焼の新しいカタチ

最盛期に九谷で作られていたものは、飾り皿、花瓶、置物などで、食器としての歴史は、比較的まだ浅いといいます。
他の代表的な陶産地と比べると、アイテム、絵柄、イメージなどの点において、絶対的な定義付けがあまりされていないやきものだという北野氏。

「九谷焼といえば・・」というイメージが何を指すのか、曖昧なところも多く、作り手が100人いれば100通りのデザインやアイテムがある、というのが九谷焼の特徴の一つです。

自由度の高い九谷だからこそ、既存の概念に囚われず様々な商品開発にチャレンジできる、その中の一つが自社オリジナルシリーズ「ハレクタニ」でした。

ハレクタニ 開発の背景

株式会社北野陶寿堂の人気シリーズの一つである「ハレクタニ」
全体的にカジュアルなイメージのシリーズが開発されたのには、従来の九谷焼でははまらない市場への進出が背景にありました。

販路が人気雑貨店にも広がっていく中、多品種少量生産の手描きの作品や、従来の「伝統的な絵柄」を中心とした九谷焼だけでは、
商品の採用に至らないことが多く、売り場のイメージに合ったシリーズ展開が必要となります。

若者や現代に合わせ、かつ量産性やコスト面を考えた九谷焼が開発できないか。
そう考えていた矢先、北野陶寿堂のコンセプトを形にしてくれるデザイン会社と出会い、協働で「ハレクタニ」のシリーズの開発に成功するのです。

ハレクタニの特徴は、形状とデザインのバランス性です。
従来の九谷焼は、絵柄が際立っているのが特徴でしたが、ハレクタニでは形状とデザインをバランスよくすることを意識し、
花の形状に花のデザイン、猫の形状に猫のデザインなど、斬新なアイディアで製品を作っていきました。

カジュアルな九谷焼でありながら、絵付けの重厚感や高級感といった九谷焼らしさも大事にする、それがハレクタニへのこだわりです。

「デザイン(絵柄)だけで見せる」のではなく、形状とデザインを合致させたカジュアルな九谷焼の提案が、新しい顧客層へと受け入れられたことで、新しい九谷焼の道が開かれていくことになったのです。

九谷焼とキャラクターとのコラボ

九谷焼の自由度の高さは、人気キャラクターとのコラボ製品にも見ることができます。
石川県能美市・小松市で九谷焼の製造・販売を行っている10社で運営される「九谷焼彩匠会(くたにやきさいしょうかい)」。
メンバーの一人で若手だった北野氏も、この記念すべき第一作目の「ウルトラマン」とのコラボに携わります

それまでの開発と大きく異なった点は、監修が入ったということ。
キャラクターの特性上、色やデザイン、線一本に至るまで、サンプルに対しての監修が入る、これは経験したことがなかったため、相当苦労したといいますが数回の試作を重ねて、ウルトラマンは半年くらいで販売までこぎつけました。

結果は大成功。ウルトラマンファン以外のお客様からの反応も良く、爆発的なヒットとなります。

その結果、当初は懐疑的だった周囲も、人気キャラクターと九谷焼は非常に相性がよいということがわかり、その後、
様々なキャラクタープロダクションからも声がかかるようになり、現在においても様々なキャラクターとのコラボ製品を作っています。

新たな取り組みを行っていくうちに、商業や窯元組合という枠を越えて、関係者もポジティブな考えを持てるようになりました。
プロジェクトを成功させたことによって周りの応援や推進力に勢いがつき、ベテランの作り手も楽しんで新しいもの作りに挑戦している風土になってきたと感じています。

様々なジャンルとのコラボレーションなどの成果から注目度も上がり、現在は海外の売上比率が右肩上がりで、市場での注目度も非常に高くなっています。中国を中心に、北アメリカ、シンガポール、オセアニアなどの英語圏内にも広がっています。

海外では、形状や釉薬というよりもどちらかというとデザイン性が重視される傾向が強いこともあるため、九谷の洗練された様々なデザインは、その好みに見事にマッチしていることが理由の一つでしょう。

お客様が「たどり着ける場所」を作っておく

ジャンルが100通りあれば、100人の好みに合う何かには必ず出会える可能性がある、様々な課題はありながら九谷焼は恵まれている、という北野氏。
その九谷焼を伸ばしていくための重要な鍵が、情報発信であると考えています。

営業活動を情報発信一本に絞り、売り込みはしない北野陶寿堂では、SNS、ネットショップ、オウンドメディアなど種類の違う媒体で発信を行っています。

商品とお客様へと繋げるいくつもの受け皿(=媒体)を持っておく。

メディアや有名人に取り上げられることで、ある商品の人気度が瞬時に上がることがありますが、跳ね上がった瞬間に、アクセスする先がなければ商売には繋がりません。

バズってから作るのではなく、あらかじめ受け皿となれる土壌を作っておく、しかも、1つではなく複数で。
情報を探す人が「たどり着ける場所」を作っておくかどうかで、次の一手への差が出てくるのです。

北野氏は自社の経験を通して、個人作家には特にSNSなどでの情報発信を薦めています。
なぜなら今やSNSは「自分や作品の紹介を、思うように無料で作れる自分の広告」だからです。

ただ最初はノウハウもないため、良い反応があるとは限らず、モチベーションが下がって、更新をしなくなるパターンに陥りがちです。土壌を作る作業には、根気よくやり続ける力が必要なのです。

何が成功で何が失敗だったかを知るためにも、ともかく続けること、これが大切だと北野氏は言います。

お客様が興味のない意味のない情報発信はやり続けても効果が薄く、運営側も苦しい。
これはSNSの難しさでもあります。
それでも何が喜ばれる情報なのか、トライ&エラーを繰り返しながら発信し続ける。

すると、フォロワーが増え、応援してくれる人が増え、そこからお客様とのコンタクトが始まり、新しい取引が生まれていく、その光景を何度も見てきた北野氏。
「ハレクタニ」ブランドの発信は、お客様も大変喜んでくださったこともあり、SNS面と販売面の双方で効果を実感でき、やっていてよかったと意義を感じています。

お客様が喜ぶ情報が何かを考えて発信する、ということ。

わざわざ見にくる価値がある投稿内容、それによるファンの囲い込み、これらをやりながら見つけていくしかない、と自身の経験を通して考えています。

特定のところに依存しない販売を

事業を手伝い始めた翌年、自社オンラインショップを起ち上げた北野氏。
その約7年後には、モールショッピングへの出店を果たし、売上UPのためにWEBデザイナーなどの人員を強化します。

2021年にはコピーライターも増やし、オウンドメディアやオンラインショップのリニューアルなど、コロナを機に注力します。
この時に、痛感したことが事業形態の在り方でした。

手伝いはじめた頃は、95%が国内卸、5%実店舗販売の事業形態でした。
特定の顧客による売上構成比率だったこともあり、卸も小売りも特定のところに依存しない販路を持つ必要があると感じ、構成比率を変えるための販売計画を立てます。

その計画が実現し、現在では会社全体の3分の1がネット販売、3分の1は国内卸、残りは海外という、バランスがとれた売上構成へと持っていくことができました。

やりたいことはともかくやる。商品開発もまだまだたくさんやりたい。
パンデミックなどの外的要因により影響を受けて売上が減少する事業と、増加できる事業があるということがわかったため、
できるたけ多くのチャネルを持っていることを強みとして、複数の柱を持ち続けたいと考えています。

今後の在り方

会社ロゴを変えたいなど細やかな点もたくさんありますが、大きなところでいうと商品開発と販路開拓は強化していきたいと考えています。
九谷焼業界の作家デザインの秀逸さは目を見張るものがあり、これを陶磁器だけで終わらせるデザインではないと思っています。

作家さんにデザインを描いてもらい、それを陶磁器だけでなく異素材でも使う新規商品は、陶磁器産業だけではなく他産業への活性化にもなるため、非常にやりがいのある仕事だといいます。

現在取り組んでいるのが、九谷アートというプロジェクトです。
芸術品のみを作る作家の作品は、一般に手が届く作品ではないものばかりです。

それを手に入るアイテムに反映させると、欲しいと思う人はたくさんいるのではないか、というアイディアから、20名の作家さんにデザインを興してもらい、九谷焼の豆皿シリーズを作っているといいます。

人気作家のデザインをデータ化して、様々な素材で商品化する。
美術ではなく、日用の工芸品に作品を落とし込む。

作家自身に監修してもらうことで、自分の名を知ってもらい、使ってもらいながら、本物の自分の作品にたどり着いてもらう、これがプロジェクトの狙いです。
海外にも人気がある作り手なので、非常に活路がある開発で、九谷アート自体を、情報発信の一つとして行っていく、これを今後の展開の一つにしています。

商社は問屋業で、どういう問屋が作家にとってありがたい存在なのかを問い続ける。

作家から見た問屋業の理想像を考えたときに、付加価値をつけてもらえ、ブランディング力、営業力、情報発信力、品質管理をすることこそが、商社の存在意義ではないか。
九谷焼に従事している人たちが豊かになること、そのために何をすればいいのか。

北野氏の行動と言葉には、他業種から入ったからこそ業界全体を俯瞰して見つめることができる客観的な視点を持っているからこそ、九谷焼の自由さにマッチした、自由な発想のアイディアと挑戦に溢れています。

自身にとってやきものとは

日々の生活を豊かにするものだと心から思っています。
食卓や生活空間でやきものを見て幸福感を感じてもらう、癒される、それがやきものです。
九谷焼を、世界中の一軒でも多くの家庭に持ってもらう、という志を持っています。

そのためになにをすればよいのかを考えながら日々取り組んでいます。
付加価値がつけられて、チャンスがあればなんでも作る。

穏やかな口調の中に、九谷焼をもっと広めていくために何でもやってみるという熱い想いを感じ、北野氏の取り組むプロジェクトから生み出される作品たちを想像し、一人のユーザーとして発表が待ち遠しくなる、インタビューでした。

【企業情報】

美術九谷焼製造元卸 株式会社北野陶寿堂

〒923-1111 石川県能美市泉台町南30(九谷陶芸村卸団地)
TEL: (0761)57-2521
陶らいふ:https://www.toulife.jp/
ハレクタニ: https://harekutani.jp/
産地発信!九谷焼総合メディア: https://kutaniyaki-mag.com

関連記事