オリジナル商品xEC販売に波佐見で初めて挑んだ企業を取材

のどかな田園風景から少し目線を上げると、岩に囲まれるようにそびえたって見える白い建物。
“natural69″と読めるその建物を目指して勾配のある坂を上ると、その全貌が姿を現します。
運営母体である有限会社松尾商店は、波佐見や他の陶産地においても少し異色の産地商社です。
3代目松尾一朗氏は、波佐見で初めて産地商社として自社オンラインショップを起ち上げるという道を、先陣を切って切り開いた人物として知られています。
その決断が功を奏し、売上が右肩上がりで伸びていた中、2023年に資本業務提携という形で福岡県の増田石油株式会社とM&Aを行い、3代続いた家族事業から引退。会社の状態が健康体の今だからこそ、新しい力によって事業拡大の可能性が広がるという想いがあったからだといいます。
陶磁器産業ではあまり例をみないビジネスモデルで、いまなお波佐見の中で異彩を放ち続ける松尾商店。
その現在とこれからを、現場での運営を担う事業部長の千田脩一氏にお伺いしました。
波佐見初 自社ECショップ起ち上げへの挑戦
松尾氏の祖父である初代が創業した㈲会社松尾商店は、業務用の食器販売を販売する事業から始まります。
2代目の頃は陶磁器の全盛期と重なり、関東や関西の陶器の専門店や百貨店に商品を卸していましたが、3代目である一朗氏が跡を継いだ時期にはバブルもはじけ、産業自体が苦しい時期に入っていました。
2代目の頃に入社していた松尾氏。営業で全国を回っていましたが、陶磁器業界全体で卸の売上が芳しくなかったこと、加えて有田・波佐見の産地表示問題が起こる中、どこに活路を見出すか、決断を迫られることとなります。
当時、産地卸商社が自社ECショップを起ち上げることに対して賛否両論があった中、自社の将来を見据え、産地の中で先陣を切ってECショップを起ち上げることを決意、「natural69」をオープンさせます。
産地商社自身によるECショップ開設は、取引先である卸業者にとっては競合となるため、大きな反発も予想されました。実際出店してみると、先代まで付き合いのあった消費地問屋との取引がほとんどなくなったといいます。
また当時は、波佐見の地では誰も行ったことがない取り組みだったため、HP作成から、商品紹介の写真、文章、Webの構築もすべて独学という、手探り状態でのスタートでした。
営業はECやお客様にしてもらう ~既存と逆の商流が生まれた瞬間~
激しいEC競争の中で、他社にはない強みでどう勝負できるか。
その答えを「デザイン」に見出した夫妻は、ともかく消費者が喜ぶ製品を作ることに専念します。
苦労もあったものの、ともかくオリジナル商品開発をあきらめない、という夫妻の強い想いで、ありそうでなかったデザインと、誰もが使いやすいオリジナルの器が次々と生み出されていきました。


(左)松尾夫婦が二人で考え出した初期のデザイン(右)商品開発初期に考案されたシリーズから歴代のシリーズが飾られている
小規模から始まったオリジナルの売れ行きは好調。ECショップのおかげで、natural69はより多くの消費者の目に留まるようになります。
すると、その顧客のニーズをいち早く察知した大手小売店から、取引希望の連絡が来るようになります。
いままでは、卸問屋を通して行っていた商流が、顧客から卸業者という逆の流れを生み出した瞬間でした。
その波ができたことで、自社が設定した価格で取引ができる企業が増え、利益率の向上はさらなる商品開発を可能にし、
売上と生産量の規模はどんどんと伸びていくこととなるのです。

「かわいい」を分解する ~誰に何を届けたいかを突き詰める~
自社ECでオリジナルを成功させるために心がけていたことは何か。
千田氏が事業部長に就任した当初、「かわいくないとウチでは売れないよ」と先代の松尾氏から言われたこと、それこそがnatural69の根底に流れている考えだといいます。
お客様にとっての「かわいい」を、松尾夫妻が突き詰めながら商品開発や販売を心がけてきたからこそ、いまのnatural69がある。
かわいい、という言葉はあいまいで抽象的であり、人にとって異なる。
だからこそそれを、どう分解して読み解くか。
松尾夫妻が引退した現在でも、スタッフと徹底的に分解して話し合うといいます。
デザイナーや窯元が実際にあげてきたものを前に、携わっている者たちでnatural69の「お客様らしさ」を突き詰める。
30-40代の女性ターゲットとはいえ、家の中で彼女たちだけがかわいと感じるのではなく、老若男女誰もがかわいいと感じ、
使いたくなる「おしゃれ寄りのかわいさ」を常に目指す。
これがnatural69の目指す「かわいさ」だといいます。


もちろんすべての商品がロングセラーに繋がるわけではなく、やっている中で取りやめたものもあります。
ただ発表された商品たちは、幅広い視野での「natural69らしさ」を徹底的に追及して生まれたものなので、取りやめることも前向きな軌道修正として捉えています。
そしてもう一つ、先代の一朗氏から託されたことがあります。
色釉製品も作っていく中でも、波佐見の強みである、白磁と呉須の色は大切にしてほしい、ということ。
その想いのバトンをしっかりと受け取り、昔から続く白磁と呉須の色を独自の風合いで表現したシリーズがcocomarineです。
ジンベイザメなど海の生き物が白磁の中で生き生きと泳ぐ姿は、natural69を代表するシリーズとなり、社屋に描かれるほどのアイコン的シリーズへと成長しました。

natural69にとっては、これから先も商品開発は肝であると力強く話す千田氏。
オリジナル商品をお客様にダイレクトに届けることで、反応がすぐわかり、売れる。そしてそのおかげで、卸も伸びる。
お客様の購入行動によって、その他のチャネルが引っ張られて伸びていくというループを大切にしたいといいます。
常にお客様目線でありつづける
ECショップのレビューや、店舗スタッフとお客様の会話から聞こえてくる声を、商品へのフィードバックとして大切にしているnatural69が、新たな試みとして行ったこと、それが初の催事出店でした。
ECショップを含め、実店舗を訪れるお客様はnatural69が好きな、目的のある顧客がほとんどです。
そうではない、natural69を知らないお客様が、商品を見てどのような反応をするのかを知りたい。
その想いから、30-40代の女性が多く集まる大型商業施設の催事に年に数回出店し、新しい出会いとフィードバックを収集するという試みをはじめました。これは、営業的観点からも非常に役立っているといいます。
また、先代の一朗氏が料理や盛り付けを自身で行うことが得意だったため、開発途中からその商品の完成イメージが頭にある姿を、何度も目にしてきました。
世の中で流行っている器の中には、見た目がおしゃれでカッコいいものが多く存在します。
しかし実際盛り付けようとすると、料理のテクニックや、盛り付けが得意でないと使いこなせないという器もあります。
natural69の器は、誰でも盛り付けがしやすく、いつもの食卓の料理が美味しそうに見える器であること。
言葉で直接聞いたわけではなくても、先代が大切にしてきた想いはそうなのだということが、先代の姿と歴代のオリジナル商品からわかるといいます。
まず自分たちがお客様目線で見る。それが良い器の開発へと導いてくれていると考えています。
前職の経験を通して、BtoCの大切さを痛感したという千田氏にとって、卸事業も行いながら、お客様と直接つながるビジネススタイルを持つ松尾商店に出会えたことは自身にとっても非常に良かったと感じています。


わからないけれど進む。奥が深いからこそやりがいがある
「商品開発が肝」のnatural69。
難しさやわからないことがありながらも、その中で自社デザイナーや窯元と答え合わせをしながら進める開発に、一番のやりがいを感じるという千田氏。
良いデザインであっても形状や製造工程上できないものもあるため、話をしながら双方のいい塩梅のポイントを見つけながら作り上げていく、それが苦しくもあり楽しいといいます。
自身も家族も器好きであるため好みの皿はありますが、自分たちが好きなものではなく、natural69のお客様が好きなものを作る。
それが価値ある商品だと考えています。
インタビュー冒頭で、本インタビューが誰に向けたものになるのかを尋ねられた千田氏。
理由を尋ねると、次のように答えてくれました。
“物質的にも物流的にも、距離が遠くなればなるほど価値は伝わりにくくなる中で、誰に何を伝えたいのか、それを知った上で、その人たちにしっかりと届く、価値ある言葉を紡ぎたいのです”
氏の「価値」に対する考えは、現在のnatural69を運営する上での基盤となっており、それは先代一朗氏が考えている在り方に限りなく寄り添っている。先代、松尾一朗氏が次世代に託した「新しい力」の中にも、㈲松尾商店のDNAがしっかりと受け継がれている。短時間のインタビューの中でも、そう感じずにはいられない取材となりました。

【企業情報】
有限会社松尾商店/ natural69
〒859-3728 長崎県東彼杵郡波佐見町村木郷2311
TEL: 0956-85-3427
https://natural69-hasami.co.jp