第1回:涼を呼ぶ盛夏の白磁
橋本麻里の菓子と楽しむ器
白磁は、陶磁器とつきあい始めるにはまずここから、という、食卓の器としてもっとも基本的な存在だ。基本だからといって、凡庸だったり退屈だったりするわけではない。使い手の想像力を最大限に引き出してくれる、まるで描かれる前のキャンバスのような、ちょっと手強い器なのだ。
「墨に五彩あり」という言い方があるように、水墨画は墨一色で万物を表現しようとするが、白にも無限の階調がある。釉薬が微量の鉄分を含み、かつ還元焼成されることでうっすらと青みを帯びた、青白磁・影青(いんちん)と呼ばれる白磁から、燃料に炭を使うことから、象牙と似た黄色みを帯びる宋代・定窯の白、柔らかな翳りを含んだ李朝の白、ヨーグルトを思わせるオランダ・デルフト陶器のぽってりと健康的な白。そして積層する白の厚みを感じさせるマットさ、硬質な透明感を引き出す滑らかさ、と千差万別の白の質感は、太宰治が『津軽』の冒頭で挙げた、こな雪、つぶ雪、わた雪、みず雪、かた雪、ざらめ雪、こおり雪──という、雪のさまざまな姿とも似ているかもしれない。
そんな白の器の中から、猛暑のほてりを冷ましてくれる、セミマットな白磁の皿を選んでみた。載せた菓子は京都・亀屋則克の〈浜土産(はまづと)〉だ。つややかな蛤の貝殻を開くと、涼しげな寒天製の琥珀羹(こはくかん)の中に、どこか真珠を連想させる味噌風味の浜納豆が一粒、抱き込まれている。この時期にだけつくられる、甘さと塩辛さが不思議に調和した、目でも存分に涼味を味わえる菓子。アイスやシャーベットもいいけれど、油照りの昼下がり、蛤の殻を匙代わりに冷やした琥珀羹を味わいながら、遠い海に思いを馳せるのも一興だ。